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秋田地方裁判所 昭和61年(行ウ)5号 判決 1987年5月11日

原告 横山善男

被告 国

代理人 三輪佳久 金子政雄 佐藤毅一 尾久浩二 福田庄一 ほか七名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(第一事件)

一  請求の趣旨

1 被告は、環境庁長官が原告に対し昭和五九年五月一五日付でなした損失補償金額零円を金八一一〇万四六八八円に増額する旨の決定をせよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(第二事件)

一  請求の趣旨

1 被告は、環境庁長官が原告に対し昭和六一年六月一四日付でなした損失補償金額零円を金七四八一万九〇四六円に増額する旨の決定をせよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因(第一、二事件)

1  原告は秋田県由利郡象潟町西中野沢字深山一番山林四四四万五九四七平方メートルの土地(以下「深山一番の土地」という)のうち別紙図面(一)記載の緑色で囲んだ範囲内に生育する立木(以下、「原告所有立木」という)を所有している。

2  深山一番の土地は自然公園法による鳥海国定公園の特別地域に指定されている。

3  原告は原告所有立木の一部を伐採するため、自然公園法一七条三項により、秋田県知事に対し、昭和五六年九月一六日に別紙図面(二)記載の<56>の部分二〇ヘクタールに生育する立木(以下「立木甲」という)につき、同五七年一二月二四日に同図面記載の<57>の部分六〇ヘクタールに生育する立木(以下「立木乙」という)につき、それぞれ特別地域内立木伐採許可申請(以下前者を「伐採許可申請甲」、後者を「伐採許可申請乙」という)をしたところ、同知事は前者については同年一一月一六日、後者については同五八年五月一八日各伐採不許可決定をした。

そこで、原告は自然公園法三五条二項に基づき環境庁長官に対し、伐採許可申請甲の不許可決定につき同五七年一二月一三日付書面で金二〇二七万六一七二円の伐採許可申請乙の不許可決定につき同五八年五月二三日付書面で金六〇八二万八五一六円の各損失補償を請求したところ(「以下、前者を「損失補償請求甲」、後者を「損失補償請求乙」という)、環境庁長官は右両請求につき補償すべき金額を零円と決定し、同五九年五月一五日付書面で原告に通知した。

4  原告は更に原告所有立木の一部を伐採するため、自然公園法一七条三項により、秋田県知事に対し、昭和五八年七月一三日に別紙図面(二)記載の<58>の部分五八ヘクタールに生育する立木につき、同五九年七月五日に同図面記載<59>の部分五二・八六ヘクタールに生育する立木につき、それぞれ特別地域内立木伐採許可申請をしたところ(以下前者を「伐採許可申請丙」、後者を「伐採許可申請丁」という)、同知事は前者については同五八年一二月二三日付で同図面記載二種区域内四七・九一ヘクタールに生育する立木(以下「立木丙」という)につき、後者については同五九年八月一〇日付で同図面記載二種区域内二五・八九ヘクタールに生育する立木(以下「立木丁」という)につき各伐採不許可決定をした。

そこで、原告は自然公園法三五条二項に基づき環境庁長官に対し、昭和五九年五月二九日付書面で伐採許可申請丙の不許可決定につき金四八五七万一五四一円の、同五九年一一月九日付書面で伐採許可申請丁の不許可決定につき金二六二四万七五〇五円の各損失補償を請求したところ(以下前者を「損失補償請求丙」、後者を「損失補償請求丁」という)、環境庁長官は右両請求につき補償すべき金額を零円と決定し、同六一年六月一四日付書面で原告に通知した。

5  しかしながら、被告は自然公園法三五条一項により損失補償すべき義務がある。

自然公園法一七条三項等の財産権に対する制約は、自然の景観を保護し、その利用の増進を図るという特別の公益目的のため、当該財産の本来の社会的効用とは無関係に偶然に課せられる制限であり、財産権に内在する社会的制約とはいえず、いわゆる公権力の行使によつて加えられた特別の犠牲にほかならない。したがつて、同法三五条一項はこの特別の犠牲に対し通常生ずべき損失、すなわち利用制限行為と相当因果関係にある全損害を補償すべきことを明らかにしたもので、憲法二九条三項に根拠を置くものである。

ところで、原告は昭和五六年八月二〇日、秋田地方裁判所本荘支部昭和四六年(ワ)第三四号事件につき象潟町との間で、別紙「和解条項」記載のとおり和解したのであるが、原告は右和解に基づき秋田県と国に対し立木甲、乙、丙、丁の売却について折衝を重ねたが、売買の成立に至らなかつたため右立木を伐採販売することにして、前記各伐採許可申請に及んだものである。しかも、右和解によつて原告は右和解期日から一〇年間の期限付で右立木の所有権を有しているものであるから、前記各伐採不許可決定は原告の所有権剥脱に等しいものということができる。したがつて、被告はこれと相当因果関係のある全損失の補償をすべきである。

6  被告が立木甲、乙につき損失補償すべき額は、次に述べるとおり原告が申請した金八一一〇万四六八八円を下らない。

(一) 原告は立木甲、乙を伐採してホタ木用に切断して販売し、残りはチツプに加工して販売する計画であつたところ、右立木のうちホタ木用の材積は七四九六立方メートル、チツプ用の材積は二〇二二立方メートルである。

(二) 右ホタ木の販売価額は金一億六一九一万三六〇〇円(一立方当たりのホタ木本数平均一八〇本、末口直径六ないし一〇センチメートルのホタ木販売価格一本当たり金一二〇円)、その販売に要する経費は金五二九五万一七四四円(一立方メートル当たりの経費は、伐採造材費金二二五〇円、搬出費金一三八〇円、運搬費金二二五七円及び雑費金一一七七円の合計七〇六四円)となるので、これによる利益は金一億〇八九六万一八五六円となる。

(三) チツプの販売価格は一立方メートル当たり金一万二〇〇〇円、その販売に要する経費は一立方メートル当たり金七五六〇円となるので、これによる利益は金八九七万七六八〇円となる。

7  被告が立木丙、丁につき損失補償すべき額は、次に述べるとおり原告が申請した金七四八一万九〇四六円を下らない。

(一) 原告は立木丙、丁を伐採してホタ木用に切断して販売し、残りはチツプに加工して販売する計画であつたところ、右立木のうちホタ木用の材積は九二一三・九三立方メートル、チツプ用の材積は二四八四・八四立方メートルである。

(二) 右ホタ木の販売価格は金一億九九〇二万〇八八八円(一立方メートル当たりのホタ木本数平均一八〇本、末口直径六ないし一〇センチメートルのホタ木販売価格一本当たり金一二〇円)、その販売に要する経費は金六五〇八万七二〇一円(一立方メートル当たりの経費は、伐採造材費金二二五〇円、搬出費金一三八〇円、運搬費金二二五七円及び雑費金一一七七円の合計金七〇六四円)となるので、これによる利益は金一億三三九三万三六八七円となる。

(三) チツプの販売価格は一立方メートル当たり金一万二〇〇〇円、その販売に要する経費は一立方メートル当たり金七五六〇円となるので、これによる利益は金一一〇三万二六八九円となる。

8  よつて、第一事件につき、環境庁長官が原告に対し昭和五九年五月一五日付でなした損失補償金額零円を金八一一〇万四六八八円に、第二事件につき、環境庁長官が原告に対し昭和六一年六月一四日付でなした損失補償金額零円を金七四八一万九〇四六円に、各増額する旨の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実のうち、原告と象潟町との間で原告主張の事件につき昭和五六年八月二〇日訴訟上の和解が成立したことは認めるがその和解内容は不知、その余の主張は争う。

原告は本件不許可になつた立木については、既に取得費用をはるかに超える利益を得ているものである。

6  同6の事実は否認する。

7  同7の事実は否認する。

三  被告の主張

1  憲法二九条と自然公園法三五条

憲法二九条は「財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定める。」と規定し、同法一二条は「国民はこの憲法が国民に保障する権利を濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」と規定し、もつて、財産権は公共の福祉に適合する限度で保障されるものであること、すなわち、財産権は公共の福祉による内在的制約を受けることを明らかにしている。したがつて、法令により個人の財産権を制約したとしても、それが公共の福祉により求められる財産権の内在的制約の範囲内であるならば、国民はこれを受忍すべきものとされ、補償は要しないものである。そして、行政法規による財産権の制約が当該財産権の内在的制約の範囲内と認められるか否かは、行政法規の立法趣旨、制限の趣旨等から検討されるべきことになる。

自然公園法一条は「この法律は、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もつて国民の保健、休養及び教化に資することを目的とする。」と規定し、同法二条の二は「国、地方公共団体、事業者及び自然公園の利用者は、自然環境保全法二条に規定する自然環境保全の基本理念にのつとり、すぐれた自然の風景地の保護とその適正な利用が図られるように、それぞれの立場において努めなければならない。」と規定している。そして、自然環境保全法二条は「自然環境の保全は、自然環境が人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであることにかんがみ、広く国民がその恵沢を享受するとともに、将来の国民に自然環境を継承することができるよう適正に行なわれなければならない。」と規定している。また、自然公園法によれば、国定公園とは国立公園に準ずるすぐれた自然の風景地であつて、環境庁長官が指定するものをいい、国定公園の区域は特別地域、特別保護地区、海中公園地区、普通地域とに分けられ、私権との調整を図るため、それぞれ私権の制限に程度の差が設けられている。これらの法の規定からすれば、自然公園法による公園区域の指定とそれに伴う私権の制限は、国民の健康と文化的生活に必要である自然環境の保全のためのもので、高度の公共の福祉を維持するためのものであり、同法による立木所有者等の権利制限は一般的に財産権の内在的制約の範囲内にあるということができる。

2  自然公園法三五条の通常損失

自然公園法三五条の損失補償は、いわゆる講学上の損害賠償ではなく、不許可処分等によつて土地、立木の権利者等に予想せざる経費が必要になり、あるいは従前の土地、立木利用ができなくなり土地、立木の収奪に等しい損失が発生した場合等に、これを補償することを目的とした特殊な補償制度である。したがつて、同条が補償の対象としている通常生ずべき損失とは、自然公園法の行為制限により立木所有者等が現実に出捐を余儀なくされた場合の積極的かつ現実的な出費のうち、通常予想されるとみられるもののみをいうものと解すべきである。本件地域においては、現在立木の伐採は行われておらず、立木の伐採が制限されたとしても、それは現在の立木の生立状況を変更させるものではなく、また、立木の伐採が制限されたことに伴い、原告が直接無駄な経費を出費した事実はなく、したがつて、現実的、具体的な財産上の損失を生じせしめたことはないので、原告には同法の通常の損失は生じていない。原告が主張している損失は立木伐採の許可申請が許可されれば得られたであろう木材の販売による得べかりし利益であり、かかる主観的な計画や思惑等によつて大きく左右される損失は自然公園法三五条一項にいう通常生ずべき損失には当たらない。

3  申請権の濫用

自然公園法で定められた国定公園の特別地域は、国定公園の風致、景観を保全し維持するため特に必要と指定した区域であるから、右区域内の立木所有者は、このような行政目的を達成するために協力する義務を負つているのであり、右行政目的を根本から覆すような財産権の利用は財産権行使の濫用に該当し、本来許されないものである。したがつて、許可を受けること自体が同法の趣旨、目的からみて社会通念上到底期待しえない場合であるのに、あえて許可申請をし、却下されたときは、許可申請権の濫用に該当し、補償は要しないというべきである。右趣旨は、都市緑地保全法七条一項二号、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法九条一項二号には明文の規定があるが、自然公園法においても同様に解すべきである。

ところで、立木甲、乙、丙、丁の生立する地域は鳥海山西側山麓に位置し、ブナを主とした天然の落葉樹及び広葉樹に覆われ、周辺の亜高山性低木林及び落葉樹林とともに鳥海山中腹の広大な天然林樹海を構成しており、日本海に続く鳥海山の雄大な裾野に広がる特にすぐれた自然風景地として山麓、中腹、鉾立地区及び太平地区の利用拠点並びに右両地区を結ぶ車道(鳥海ブルーライン)からよく眺望される自然景観地であるため、国定公園の風致の維持上重要な地域として昭和三八年七月二四日の鳥海国定公園の指定と同時に同国定公園の特別地域(第二種)に指定されている。したがつて、原告の申請どおりに右地域内の広大な区域に生立する立木を皆伐の方法で伐採が行われると、右樹海の一部に自然と人為の不調和が出現し、これにより鳥海山西麓の特にすぐれた自然景観が著しく損なわれることになる。また、右地域は溶岩流出により形成された地盤で表土が極めて少なく、北西の風が強いため植生の回復は容易に行われず、回復まで非常に長い年月を必要とするものである。更に、立木甲、乙、丙、丁が皆伐された場合には水源かん養機能の低下等に及ぼす影響も大である。

ところで、国定公園内であつても風致を損なわない範囲では立木の伐採は認められているところ、原告はあえて皆伐の方法により広範囲にわたる立木の伐採を申請したものであつて、このような伐採が行われれば、自然景観が著しく阻害され、国定公園指定の目的を失わしめる状態が実現されることは明らかである。

また、原告が右伐採許可申請に至つた経緯は次のとおりであつた。

立木甲、乙、丙、丁の所有権についての原告と象潟町との訴訟において、原告は右立木の観光資源としての価値を認めて、その伐採を強行する意思のないことを述べ、右訴訟の和解においても知事の許可なしに右立木を伐採しないことを承諾し、右立木を伐採しないことを条件に国又は県に限つて売却することができる旨合意した。ところが、原告は和解成立の数日後、秋田県自然保護課に原告所有立木の伐採を申し入れた。ところで、国定公園内であつても風致を損なわない範囲では立木の伐採は認められているので、同課は三〇パーセントの択伐又は一団地二ヘクタール以下の皆伐を指導したが、原告はあえて皆伐の方法により広範囲にわたる立木甲の伐採を申請した。右申請後も同課は右同様の指導をしたが、原告が従わなかつたため不許可処分がなされた。原告は不許可処分に対しては審査請求等の不服申立てをせず、損失補償甲の請求をした。同様に原告は、伐採許可申請乙、丙、丁の申請をし、その不許可処分に対し、各損失補償の請求をしたものである。更に、前記和解当時、既に経済情勢の変化と林業不況、諸経費の高騰等により深山一番の立木伐採は採算が合わなくなつており、原告もそのことを十分承知していたもので、原告が主張するとおりに本件立木を伐採しても利益がでる見込みはない。以上の経過からすれば、原告は現実に立木の伐採をする意思は無く、単に損失補償を目的として伐採許可申請甲、乙、丙、丁をしたものである。

したがつて、原告の右各伐採許可申請は、その内容からみて自然公園法による特別地域指定の趣旨を根底から覆すものであり、許可を受けること自体が自然公園法の趣旨、目的からみて社会通念上到底期待し得ない場合であるにもかかわらずなされたものであり、これに加え、原告の右伐採許可申請の動機も考慮すると、原告の右伐採許可申請は申請権の濫用に当たることは明らかである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1のうち、財産権が公共の福祉による内在的制約を受けること、自然公園法の規定、制限を設けた趣旨は認め、自然公園法による権利制限が一般的に財産権の内在的制約として甘受すべきであるとの主張は争う。

2  同2のうち、被告主張の地域において現在立木の伐採が行われていないこと、立木の伐採が制限されたとしても現在の立木の生立状況を変更させるものではないことは認め、その余は争う。

3  同3のうち、被告主張の立木の生立する地域が被告の主張するとおりの自然景観地であり被告の主張するとおりの指定を受けていること、原告が各不許可処分に対し不服申立てをしなかつたこと、伐採許可申請甲につき被告主張の秋田県の指導がなされたことは認め、その余は争う。

五  原告の反論

象潟町と原告間の前記訴訟は、象潟町がその解決のため秋田県に働きかけ、秋田県が象潟町に対し立木を買い上げるか自然公園法の補償をもつて解決する旨確約したので、昭和五六年八月前記の和解が成立したものである。原告は秋田県の右確約が覆行されない場合は立木を伐採する予定でいたものであるが、和解成立後同県と象潟町との合意の具体化を待つていたものの、一向に進展しないので同県にこれを促進させる意味も含めて昭和五六年九月一六日前記の自然公園法の伐採許可申請甲を出したものである。その結果、秋田県も動きだし、昭和五六年一〇月一日、出口副知事から原告に対し、「伐採許可申請を出しなさい、その場合は伐採許可申請は不許可することになるが、自然公園法による補償が得られる」旨の行政指導がなされ、原告は右指導に従つて立木を伐採せず補償を得て解決することにし、伐採不許可決定にも不服申立てを行わなかつたものである。したがつて、伐採許可申請甲、乙、丙、丁は同県の行政指導に従つてなされたものであるから何ら申請権の濫用にはならない。

六  原告の反論に対する認否

原告の反論のうち、秋田県が象潟町に対し原告主張の確約をしたこと、秋田県から原告に対し原告主張の行政指導がなされたことは否認する。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因2ないし4の事実は当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、請求原因1の事実が認められる。

二  被告は、原告所有の立木甲、乙、丙、丁についての各伐採許可申請は申請権の濫用であるから、損失補償は要しないと主張するので、まずこの点から検討することにする。

1  自然公園法は、自然環境が人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであり、広く国民がその恵沢を享受するとともに、将来の国民に自然環境を承継することができるように適正に自然環境の保全が行われなければならないとする自然環境保全法二条に規定する自然環境保全の基本理念にのつとり(自然公園法二条の二)、すぐれた自然の風景地を保護するとともにその利用の増進を図り、もつて国民の保健、休養及び教化に資することを目的と規定し(同法一条)、わが国の風景を代表するに足りる傑出した自然の風景地であつて、環境庁長官が指定するものを国立公園(同法二条二号)、国立公園に準ずるすぐれた自然の風景地であつて、同長官が指定するものを国定公園とし(同法二条三号)、更に、同長官は国立公園及び国定公園の地域内に、各公園の風致を維持するため特別地域(同法一七条)、各公園の景観を維持するため特に必要があるときは特別地域内に特別保護地区(同法一八条)、各公園の海中の景観を維持するため海中公園地区(同法一八条の二)を指定することができ、これらの地域等又はこれらの地域等には含まれない普通地域(同法二〇条)においては、風致、景観を維持するため、その制限に強弱に差異はあるものの、私権の行使を制限する公用制限の規定を設けている(同法一七条三項、一八条三項、一八条の二第三項、一九条、二〇条二項)。これらの法の規定からすれば、自然公園法による公園区域の指定とそれに伴う私権の制限は、国民の健康と文化的生活に不可欠なすぐれた自然の風景地を保護するという公共の福祉を維持するためのものであるということがいえる。

ところで、憲法二九条二項は「財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律で定める。」と規定し、同法一二条は「国民はこの憲法が国民に保障する権利を濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」と規定し、もつて、財産権は公共の福祉に適合する限度で保障されるものであること、すなわち、財産権は公共の福祉による内在的制約を受けることを明らかにしている。したがつて、法令により個人の財産権を制約したとしても、それが公共の福祉により求められる財産権の内在的制約の範囲内であるならば、国民はこれを受忍すべきものとされ、補償を要するものではないと解される。

したがつて、申請人が自然公園法一七条三項による国定公園特別地域内における立木伐採許可を受けることができないため、右財産権の行使が制限されたとしても、同法三五条二項の損失補償を求められるのは、公共の福祉のためにする右財産権の制限が社会生活一般に受忍すべきものとされる限度を超え、特定の人に特別の財産上の犠牲を強いる場合に限られるものと解される。また、財産権は濫用してはならないのであるから、右立木伐採許可申請において、その申請人の目的、動機、また、許可申請に係る行為の内容等から見て、そもそも許可申請に係る行為が、自然公園法の趣旨、目的にかんがみ社会通念上特別地域指定の趣旨に著しく反し、自然公園法の趣旨を没却するものであると認められるとき、すなわち、許可申請自体が申請権の濫用に当たる場合は、同法三五条二項の損失補償の請求をすることができないものというべきである。この点については自然公園法には明文の規定が設けられていないが、都市緑地保全法七条一項二号、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法九条一項二号には明文の規定がおかれており、同じ自然保護関連法として同様に解されるべきである。

2  以上の観点から本件について検討する。

(一)  原告が伐採許可申請し不許可になつた地域は、損失補償請求甲については別紙図面(二)記載の<56>の部分二〇ヘクタール、損失補償請求乙については同図面記載の<57>の部分六〇ヘクタール、損失補償請求丙については同図面記載の<58>の部分四七・九一ヘクタール、損失補償請求丁については、同図面記載<59>の部分二五・八九ヘクタールであり、これらはいずれも第二種特別区域に指定された地域であること、右地域は鳥海山西側山麓に位置し、ブナを主とした天然の落葉樹及び広葉樹に覆われ、周辺の亜高山性低木林及び落葉樹林とともに鳥海山中腹の広大な天然林樹海を構成しており、日本海に続く鳥海山の雄大な裾野に広がる特にすぐれた自然風景地として山麓、中腹、鉾立地区及び太平地区の利用拠点並びに右両地区を結ぶ車道(鳥海ブルーライン)からよく眺望されること、そして、国定公園の風致の維持上重要な地域として昭和三八年七月二四日の鳥海国定公園の指定と同時に同国定公園の第二種特別地域に指定されたことは当事者間に争いがなく、以上の争いのない事実に、<証拠略>によれば、鳥海山の日本海側のブナ等の広葉樹原生林は、かつては広範囲に群生していたが、戦後無秩序な伐採が進み、現在は秋田県側においては、深山一番付近にしか残存していない貴重なものであること、右ブナ等の広葉樹原生林は海抜が低い地域に生育しているものほど成長がよいが、標高が比較的高い地域に生育する立木甲、乙、丙、丁は成長がやや劣り、これは右地域が溶岩流出により形成された地盤で表土が極めて少なく、北西の風が強いためと考えられており、仮に立木甲、乙、丙、丁が皆伐されると、これらの植生の回復は容易に行われず、回復まで非常に長い年月を必要とするものと予想されること、鳥海山は東北地方において最も姿が美しい山の一つとされ、鳥海ブルーラインの開通後はその風景を楽しむため訪れる観光客も多数に及んでおり、これら観光客等にとつて右ブナ等の広葉樹原生林は鳥海国定公園の中でも特に景観上重要な位置を占めていることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(二)  自然公園法施行規則第九条の二は、特別地域を第一種特別地域(特別保護地区に準ずる景観を有し、特別地域のうちでは風致を維持する必要が最も高い地域であつて、現在の景観を極力保護することが必要な地域)、第二種特別地域(第一種特別地域及び第三種特別地域以外の地域であつて、特に農林漁業活動についてはつとめて調整を図ることが必要な地域)、第三種特別地域(特別地域のうちでは風致を維持する必要性が比較的低い地域であつて、特に通常の農林漁業活動については原則として風致の維持に影響を及ぼすおそれが少ない地域)に区分しているところ、<証拠略>によれば、国定公園内における自然環境の保護と森林の施業との調和については、行政上の統一的判断基準として、昭和三四年一一月九日国発第六四三号各県知事宛国立公園部長通知をもつて基準が定められ、これにより運営されているところ、それによれば国定公園区域内における森林の施業については、第一種特別区域の森林は原則として禁伐とし、風致維持に支障のない限り単木択伐法を行うことができるとされていること、第二種特別区域の森林は原則として用材林においては現在蓄積の三〇パーセント以内の択伐法により、風致維持に支障のない限り皆伐法によることができ、皆伐法による場合も一伐区の面積は二ヘクタール以内とし、伐区は更新後五年以上経過しなければ連続して設定することはできず、その場合においても伐区はつとめて分散させなければならないとされていること、第三種特別区域の森林は全般的な風致維持を考慮して施業を実施し特に制限を設けないこととされていること、原告の伐採許可申請甲は皆伐法による申請であつたため、秋田県は右基準に従い原告に対し、許可を得るためには現在蓄積の三〇パーセント以内の択伐、又は一団地二ヘクタール以内の皆伐法によるべきことを指導したが(右指導が行われたことは当事者間に争いがない)、原告がこれに従わなかつたため、右基準に従い伐採不許可決定をしたこと、原告はその後更に皆伐法による伐採許可申請乙、丙、丁をしてきたため、秋田県は右基準に従い伐採不許可決定をしたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(三)  立木甲、乙、丙、丁の所有権の帰属については原告と象潟町との間で争いがあり、両者間で裁判となつたが、これにつき和解が成立したこと、原告は伐採許可申請書甲、乙、丙、丁に対する不許可決定に対しては不服申立てをしなかつたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、<証拠略>によれば、立木甲、乙、丙、丁について、原告と象潟町との間で昭和五六年八月二〇日、別紙「和解条項」記載内容の訴訟上の和解及び訴訟外の和解が成立したこと(両和解においては、立木が所在する土地の範囲が異なる。すなわち、訴訟上の和解においては、別紙図面(二)の赤線で囲まれた部分がその対象であり、訴訟外の和解においては、同図面の青線で囲まれた部分がその対象である)、右各和解によれば原告は右立木の所有権を取得するものの、右立木の価値を現実に取得するためには伐採しないことを条件に国又は県に限つてこれを売却するか、伐採する場合は秋田県知事の許可を得て伐採するしかなく、しかも、原告の本件立木所有権は和解成立の日から一〇年間以内しか保持できないため、これらの行為は一〇年を超えれば行い得なくなるものと定められているのであるが、右和解に当たり、当事者である象潟町としては、自然環境保護の立場から立木の伐採はなんとしても阻止しなければならないとの立場をとつており、町の依頼により右和解の仲介に入つた県議も補償等の面で原告に協力すると説得し、原告も象潟町の右意向を理解したうえ、右和解に応じたのであり、したがつて、右和解成立時点においては、原告も既に伐採をあきらめており、その代わり秋田県、又は国による右立木の買い上げ、若しくは自然公園法による損失補償の方向で右和解の成果を得る意思を固めていたこと、そこで、原告は秋田県にこれを求める趣旨で同五六年九月一〇日立木甲につき森林法三四条一項の保安林内立木伐採許可申請、同月一六日自然公園法による伐採許可申請甲をなしたこと、そして折衝した関係者の話等から秋田県による買い上げが困難であると判断し、自然公園法による損失補償の方法により右立木の価値を取得することに決め、同五七年一一月一六日伐採許可申請甲が不許可になつてもこれに対しては不服申立てをせず、同年一二月一三日ころ損失補償請求甲をなし、次いで、同月二四日損失補償の請求の前提として不許可になることを予想しながら伐採許可申請乙をなし、同五八年五月一八日これが不許可になると、前記同様に不服申立てはせず、同月二三日ころ損失補償請求乙をなし、更に、右同様の趣旨で同五八年七月一三日伐採許可申請丙をなし、同年一二月二三日これが不許可になると、前記同様に不服申立てはせず、同五九年五月二九日ころ損失補償請求丙をなし、右同様の趣旨で同年七月五日伐採許可申請丁をなし、同年八月一〇日これが不許可になると、同年一一月九日ころ損失補償請求丁をなしたものであることが認められ、<証拠略>中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

なお、原告は秋田県の行政指導に従つて伐採許可申請をしたものであると主張し、<証拠略>中には右主張に沿う部分が存する。なるほど<証拠略>によれば、昭和五六年九月末日あるいは同年一〇月一日ころ、秋田県の出口副知事が原告所有立木の伐採に関連して現地を訪れ、右立木を残すための方策について原告との間で話が交され、その際副知事から損失補償の有無・方法等についての話が出たことが認められるが、副知事にはそもそも伐採の許可不許可を決定する権限あるいは補償額を決定する権限はないのであつて、そのような者が原告主張のような話をするはずもないと考えられるうえ、秋田県の所管課である自然公園課では前記のように原告の伐採許可申請に対して国の通知に沿つた指導をしていたというのであり、仮に原告主張のような行政指導が行われていたとするならば、自然公園課に何らかの指示等があるはずであるところ、<証拠略>によれば、そのような指示等はなにもなかつたというのであるから、前記原告の主張に沿う<証拠略>の供述記載はいずれも措信できないというべきであり、他に原告の各主張を認めるに足りる証拠はない。

3  そこで、以下原告の各伐採許可申請が申請権の濫用に当たるかどうか検討する。

右認定事実によれば、原告の右各伐採許可申請は、許可を受けた地域の立木を現実に伐採することを目的としてなされたものではなく、不許可になつた際の損失補償を目的としてなされたものであり、また、右各伐採許可申請に対し不許可になつた地域は一定の基準のもとで伐採が許可される第二種特別地域であるところ、原告は右申請の担当課である秋田県自然公園課から右基準に従つた指導を受けながら、あえて不許可にしかならない広範囲にわたる立木を皆伐の方法により伐採するという内容の申請をしたもので、申請どおり国定公園の特別地域のうち第二種特別地域内の立木一五三・八〇ヘクタールもの広範囲にわたる立木が皆伐の方法で伐採されると、鳥海山中腹の広大な天然樹海の一部に自然と人為との不調和が出現し、鳥海山西麓の鳥海ブルーライン沿いの特にすぐれた自然景観が著しく損なわれ、しかも、伐採後のこれら植生の回復は容易に行われず、回復まで非常に長い年月を必要とするものと予想されるのであるから、国定公園の特別地域に指定された目的を根底から失わしめる状態が実現されることになるものである。

してみれば、原告の各伐採許可申請はその目的、内容からみて、自然公園法の特別地域指定の趣旨に著しく反するものとして社会通念上到底容認されないことが明らかであり、申請権の濫用に当たるものといわざるをえず、したがつて、各伐採許可申請が不許可になつても、これに対し損失補償をすることを要しないというべきである。

三  よつて、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 福富昌昭 宇田川基 稲葉一人)

和解条項

一 深山一番の土地のうち別紙図面(一)記載の緑色で囲んだ範囲に生育する立木が原告の所有であることを確認する。

二 原告は右立木に立木登記及び担保権を設定せず、かつ知事の許可なしにこれを伐採しないことを承認する。

三 原告は右立木を伐採しないことを条件に国又は秋田県に限つてこれを売却することができる。

四 右三に定める売買完了時までの期間を本和解成立の日から満一〇年とし、右期間は延長しない。

五 前項の期間中三の売買の交渉が進行していても右期間満了と同時になんらの手続きを経る必要なく右立木の所有権は無償で象潟町に移転する。

六 右四に定める期間までの原告の土地使用は無償とし、かつ象潟町は立木の収去を請求しない。

七 原告は右三に定める売買代金の一〇パーセントを右代金受領時に象潟町に支払う。

別紙図面(一)(二) <略>

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